反知性主義とファシズム

反知性主義とファシズム

反知性主義とファシズム

 精神科医である斉藤環佐藤優の対談集。斉藤環サブカルチャーに非常に詳しく、精神科医の立場からのアニメに関する言説も多い。佐藤優鈴木宗男の事件がらみで有名だが、もともとは同志社大学神学部出身の神学研究を志す知の巨人である。チェコのフォロマートカという神学者について学ぶために外務省に入りチェコ語を学んで現地に行こうと思っていたが、ロシア語担当に回され、ロシア政治に深く関わりすぎて鈴木宗男とともに逮捕されてしまったという異色の経歴を持っている。
 斉藤環自身が本書で書いているが、二人の共通点は猫好きであることである。本書に猫の話は出てこないが、二人で猫の話で盛り上がったらしい。
 本書は四章構成になっている。1.AKB最終言論 2.『つくる』の解釈に色彩を持たせる 3.『風立ちぬ』の「ふやけたファシズム」 4.日本にヒトラーは来ない。
 題名だけ見ると、そのことばかりを語っているように見えるかもしれませんが、本書の題名である『反知性主義ファシズム』に関わる話に修練していきます。AKBや村上春樹宮崎駿や安倍政権といった、カルチャー?(サブカルチャーも含めて)が今の日本をどう映しているかを浮かび上がらせています。斉藤環がいうところの「ヤンキー文化」という気合い主義や身内主義みたいなものが語られていきます。佐藤優は自身が語っているようにサブカルチャーには詳しくありませんが、古典的な教養をこれでもかと体得した人なので、現在語られていることの底の浅さや、過去に語られていたことの劣化したリバイバルであることをきちんと指摘してくれて、読んでいてなるほどと思わされることが多いです。現代ではこうしたきちんとした教養を持った人は少ないので、まるでその人が発明した新しいことであるかのように語られていることが多いのだと思います。しかしそうした言説がメディアに載って瞬く間に喧伝され、それで世の中が動いてしまうのだから恐ろしいことです。
 本書とは関係ないが、先日聞いた同志社大学の浜矩子先生のお話に、安倍政権の言っていた「トリクリダウン効果」という言葉はアメリカのレーガン政権時代にレーガノミクスの批判者が用いた言葉で、そんなマジックのようなことが起こるはずがないという意味を込めて発せられた言葉だという話があった。その言葉をまるで政権の看板政策のように「トリクルダウン効果」などと言っていたのはアホなことだし、それをちゃんと起源に遡って批判・訂正できない状況もアホなことだと思う。専門家から見ればそんなバカなということがまかり通っているのだろう。
 本書にある反知性ぶりの例として佐藤優が挙げているのは、内閣副長官補の兼原信克『戦略外交言論』である。この人は安倍政権の外交の背骨を作っている人だそうだが、この本には名誉革命の後にマグナ=カルタができたと書いているらしい。マグナ=カルタは1215年、名誉革命は1688〜89年。また宗教改革はイタリアから始まったとあるらしい。これが早稲田大学の講義録から所収されているというのだから驚く。こういう人たちが日本の政治を動かしているのだから、日本というのは本当に奇跡の国だとも思うが、いつまで続くのだろう?
 本書には二人の知的レベルを反映して次々と人名や術語が登場するが、脚注が付いているので一応は読むことができる。しかし挙げられている書籍を読んでいないと本当のところは理解できない。会話に途中からついていけない。勉強をもっとしないと。こんな時代でも勉強している人はしている。