天に星地に花

天に星 地に花

天に星 地に花

 18世紀の久留米藩を舞台にした物語です。民の苦労をよそに贅沢をしている久留米藩主。参勤交代や江戸での遊興費に藩財政は傾いている。そこへ凶作が連年続き民は飢え死にしている。しかしさらに年貢は重くのしかかる。ついに一揆が起こり民が大地を埋め尽くして城下へ迫る。そんな時稲次様と民からも慕われている若い家老が殿様に民の救済を求め、また自ら身体を張って民を説得し、一揆を収めてしまう。だが稲次様は責任を取らされて僻地へ蟄居、疱瘡に罹って若くして亡くなってしまう。民は神社を建立し、表向きは普通の神社だが、祭神は実は稲次様であった。
 物語は大庄屋と呼ばれる民の指導的立場にある家に生まれた次男、庄十郎の人生をたどる形で語られます。次男である庄十郎は大庄屋の後を継ぐことはありません。ある時疱瘡に罹って、名医鎮水先生の看護により一命を取り留めた庄十郎であったが、やはり看病をしてくれた母と祖母のように慕った使用人のつねを亡くしてしまいます。庄十郎は鎮水先生に弟子入りして医師を目指します。
 鎮水先生の下での修行を終えて独立して名も凌水と改めた庄十郎は近隣に聞こえる名医となります。しかし再び久留米藩では財政の逼迫から、民に無理な重税を課すお触れが出され、一揆が起こります。稲次様のような器の大きい重臣を欠いた久留米藩は、民の勢いをとどめることはできず、打ち壊しが頻発します。結果は民の要求を藩が飲むという形で終結したが、藩は責任者を罰するという形で次々と民の主立った者を処刑していきます。処刑を免れるため逃亡した庄十郎の妹の夫は、妹とその子どもを庄十郎に託します。
 帚木蓬生の作品は社会の底辺にいる人たちを扱った長編作品が多いです。今回の作品では為政者の非人間的な統治も語られていますが、それは物語の背景として存在していて、そこへ切り込んでいくとか、革命的な人物が現れるわけではありません。どんなひどい時代であっても淡々と誠実に仕事を続けていく人、そういう庶民の姿を描いています。鎮水先生は自分の師から受け継いだ教えを庄十郎にすべて伝えます。鎮水先生の師もやはりその師から受け継いだことを鎮水先生に受け継いだのでした。その教えは稲次様の屋敷の部屋に掛かっていた「天に星地に花人に慈愛」という書に込められています。稲次様が亡くなった後、その書は庄十郎に送られます。晩年の庄十郎は甥に教えを引き継ぎます。このお話では引き継がれていく意志は血筋とは無関係に引き継がれていくということです。一番太い線はこの医師としての教えですが、鎮水先生の下でお婆さんから庄十郎の妹が教わった料理なども引き継がれているものとして語られている。医術にしても料理にしても引き継がれているのは技術だけではないでしょう。人間への愛に満ちた心が引き継がれていくのです。世の中にはつらいこと、理不尽なことがたくさんあり、政治は庶民に過酷であるかもしれない。しかしそれでも自分の利益を投げ出しても誠実に生きようとするする人は必ずいるし、その意志を引き継いでいこうとする人はいるのです。希望を感じさせてくれる本でした。