とりかへばや物語

堤中納言物語 とりかへばや物語 (新 日本古典文学大系)

堤中納言物語 とりかへばや物語 (新 日本古典文学大系)

古文の原文は有名なところだけ教科書などで読んで通読していないものが多いのですが、今夏は『とりかへばや物語』を通読してみました。
 『とりかへばや物語』は長らく文学的な価値が低い、変態的な作品という位置づけだったそうで、どんなにグロテスクなシロモノかと思って読んだのですが、どぎつい性描写があるわけでもなく、むしろ登場人物の心理描写が詳しく、なかなか面白い作品ではないかと思いました。これが倫理的に問題があるというのなら、現代の少年少女マンガなどは完全にアウトです(笑)。
 物語は男性として成長してしまう女性、中納言が中心的な登場人物です。姉弟(弟妹?)である、女性として成長してしまう男性、尚侍はそんなに個性があるように書かれていません。後半には活躍しますが、完全にあたりまえの男性として行動するだけなので、そんなに面白くはなく、始めから終わりまで苦悩し続ける中納言の人物造形が深く、近代小説にも匹敵するほどであると言えます。中納言が宰相の中将に女と見破られ、妊娠してしまい、女性としての生活をせざるを得なくなる部分で、自分は男性社会で成功してきたのに、こうして男に頼らなければ生きていけない女の惨めさを語るあたりは、少しは進んできたとはいえ男性優位の社会である日本社会で働こうとする女性を彷彿とさせるものがあります。さらに秘密裏に出産をするために単純な宰相の中将を利用するだけ利用して、行方をくらましてしまう(実際には男に戻った尚侍と入れ替わる)中納言の強かさも女をよく書けているなあと感心してしまいます。作者は不明で、男性説と女性説があるらしいですが、女性なんじゃないかと私は思います。最終章の栄華を極めていくあたりは類型的な語りで(というのは位があがって子孫が繁栄してみんな高位高官を占めているという形以外にないので)そう面白くはありませんが、母と名乗れない中納言(その時は中宮になっている)が、実の息子と対面する場面は感動的です。またその息子が母と思われる人に会ったと乳母に言いながらも、乳母から詳しい話をするように言われると、余計なことは語らないあたりもけなげさを感じさせます。最高の美貌や栄耀栄華を手に入れることが手放しで賛美されるだけではなく、それを相対化するような苦悩が最後まで残されていることが、この作品に深みを与えていると思います。