ノボさん

 正岡子規の人生を綴った小説です。伊集院静らしく、大げさでなく心に染みいるような小説です。夏目漱石との交情が美しい。それにしても時代の転換期には驚異的な人材が輩出されるようになっているのだろうか。正岡子規が35年しか生きていないことを思うとますます驚きを禁じ得ない。まさに駆け抜けるようにして生きた人です。
 正岡子規がとにかく人に好かれる性質であったというのはうらやましく思うけれど、子規のそういうところは子規自身が人一倍人が好きであったことに起因するようです。常に人が訪ねてきて、飽かず応対し、いくら金を遣っても誰かが遣り繰りしてつじつまが合っていく。計算の全くないところが爽やかです。こういうのは自分でそうしようとしてできるものではない。やはり一種の天才なのでしょう。
 死の間際の部分は読みのがつらい。母八重と妹律の献身的な介護の様子、弟子達の奔走。それらもみんな子規が好きで好きで仕方がないからそうしているという感じがにじみ出ている。心を通じた親友はロンドンにあってやはり苦しんでいた。そこに届く親友の死。最後の紹介されている漱石の手紙と子規のことを書いた文章がしみじみと悲しい。私が死んだとき、どれだけの人が側にいるだろうか。
 正岡子規がいなければ、俳句が文学の一ジャンルとして確立することはなかった。蕪村が現代国語で扱われることもなかっただろう。