イワン・イリイチの死

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

 明るい人柄と真面目な勤務態度、気を見るに敏で抜け目ない男、イワン・イリイチは人生の成功者である。作品は彼の死の場面から始まり、友人の視点から始まるが、途中からイワン・イリイチの視点でその人生を語っていく。
 この作品で語られているのは誰にとっても避けられない死である。どんな財産を築いても、人望を得ても死の前にはむなしい。イワン・イリイチの友人が葬儀に来た場面でも、ひたすら語られるのは死への不快と、死んだのが自分ではなくてよかったという思いである。はやく葬儀の儀式を済ませて、友人とのカードゲームをしようと、そんなことばかり考えている。
 イワン・イリイチは死の病に取り憑かれてから、すっかり人が変わってしまう。気難しくなり、家族を苦しめる。痛みのために夜も熟睡できない。医者の言うことが信じられず、次々と医師を替え、薬を替えするが病状は悪化の一途をたどる。しかし最期の瞬間、イワン・イリイチは思う。「妻や子がかわいそうだ。彼らがつらい目にあわないようにしてやらなくては。彼らをこの苦しみから救えば、自分も苦しみをまぬかれる。」
 フランクルだったと思うが、この箇所を引用しながら、人生に対してどのような態度をとるかによって、意味も変わるということを言っている。そして態度を変えるのに遅すぎるということはない。イワン・イリイチは最期の最期で人生に意味を見いだした。フランクルは言っている。どんな絶望的な状況であっても、その状況にどういう態度をとるかという自由は人間に与えられていると。