二人が睦まじくいるためには

二人が睦まじくいるためには

二人が睦まじくいるためには

 吉野弘氏が亡くなった。授業で氏の作品を何度扱ったことだろう。「奈々子に」「虹の足」「I was born」などとても愛着があります。吉野弘氏の詩を扱うたびに紹介していた「夕焼け」。

 やさしい心の持主は
 いつでもどこでも
 われにもあらず受難者となる。
 何故って 
 やさしい心の持主は
 他人のつらさを自分のつらさのように
 感じるから。
 やさしい心に責められながら
 娘はどこまでゆけるだろう。
 下唇を噛んで
 つらい気持で
 美しい夕焼けも見ないで。

 最後の部分でようやく「夕焼け」が出てくる。この場面転換がうまいなあと思います。題名が「夕焼け」なのに全然夕焼けは出てこない。満員電車で少女が次々と年寄りに席を譲る話が出てくる。三回目に年寄りが少女の前に押し出されてきた時、少女は席を譲らない。本当に日常にありそうなせつない光景です。
 さて、題名の「二人が睦まじくいるためには」は、「祝婚歌」のはじめのところです。「祝婚歌」は吉野弘が姪御さんの結婚式に出席できなかった時に実際に送ったものだそうです。今でも結婚式などでよく読まれるとか。吉野氏曰く、これは民謡みたいなものなので、著作権はもういいとか。

 二人が睦まじくいるためには
 愚かでいるほうがいい
 立派すぎないほうがいい
 立派すぎることは
 長持ちしないことだと気付いているほうがいい
 完璧をめざさないほうがいい
 完璧なんて不自然なことだと
 うそぶいているほうがいい
 二人のうちどちらかが
 ふざけているほうがいい
 ずっこけているほうがいい
 互いに非難することがあっても
 非難できる資格が自分にあったかどうか
 あとで
 疑わしくなるほうがいい
 正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい
 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気付いているほうがいい
 立派でありたいとか
 正しくありたいとかいう
 無理な緊張には
 色目を使わず
 ゆったり ゆたかに
 光を浴びているほうがいい
 健康で 風に吹かれながら
 生きていることのなつかしさに
 ふと 胸が熱くなる
 そんな日があってもいい
 そして
 なぜ胸が熱くなるのか
 黙っていても
 二人にはわかるのであってほしい

 吉野弘氏の冥福を祈る。