予告された殺人の記録

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

 町中の人間が殺されることを知っていたにも関わらず起こってしまった殺人事件。作者ガルシア・マルケスの故郷がモデルと言われる、ジャーナリズムと創作が入り交じった小説と言われています。私はガルシア・マルケスをあまり知らないのでそうした作者の背景的な読みはできませんでしたので、作品を虚心に読んだ感想を。
 すでに殺人が起こってしまって30年も後、語り手の「わたし」がこの事件の真相を探るべく様々な関係者に取材をしてまわる。それでいて読者は殺人の起きた日とその前日の婚礼の日に居合わせるような臨場感を感じることができます。この辺は作者の力量を感じます。中編の小説でそんなに長くはないですが、次がどうなるんだろうという期待感からページは次々と進みます。
 殺されるサンティアゴ・ナサールはアラブ人系の移民で、若くして莫大な財産を受け継いだ人物として周囲に羨ましがられ、妬まれてもいるようです。彼は殺される時に無闇にキリストのイメージが重ねられています。殺人者であるペドロ・ビカリオ、パブロ・ビカリオの兄弟の名前にも使徒を思わせるものがあります。「予告された」ということでいえば、キリストくらい予告(予言)されて死んだ人もいません。妬みが理由で殺されたのだとすれば、これもキリストと重なります。残念ながらそのモチーフが何を意味しているかまだ考えが深まっていませんので、もう少し考えてみます。
 バヤルド・サン・ロマンという役割のよくわからない人物が出てきますが、彼とアンヘラ・ビカリオが結婚し、純潔でなかったことを理由にその日のうちに離縁されるという話があります。アンヘラ・ビカリオがなぜ自分を汚した相手はサンティアゴ・ナサールだと言ったのかという謎は最後まで残ります。サンティアゴ・ナサールが殺される話と、もう一つの柱はアンヘラ・ビカリオが母から自立して本当に生きることになる話がありますが、ここが死と復活の話として結びついているのかもしれません。なかなかいろいろなモチーフが重ねられていて深読みすればいくらでも深読みできる面白いテキストです。