永遠の0

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)

 祖父が特攻隊員として亡くなったことを知った孫姉弟が、祖父を知っている人たちにインタビューし、祖父の足跡をたどるというお話。戦争に行って生き残った人たちに様々な角度から戦争を語らせることで、一定の歴史観に固定されずに読めるところがあります。これが一人称の語りであると歴史観が固定されてしまうか、日和見的な面白くない文章になるかどちらかですが、さまざまな人がそれぞれの視点で必死に語る様子は、戦争体験のない世代から見れば生理的に受け入れられないというような考えでも、その人にとってはそうだったのだと受けとめることができる構造になっています。無能な軍部エリートの出世主義、学歴主義を、現代の日本の官僚組織に結びつけて批判するなど、視点もさまざまなで面白いです。全体的に元軍人の語りの部分は読ませます。それに比べると姉弟や周辺人物の書かれ方が薄っぺらいのが残念です。弟は司法試験にチャレンジするも合格できずニートのような生活をしています。姉は新聞社に勤めるキャリアウーマンですが、同僚の男性に結婚をほのめかれて悩んでいます。祖父のことを調べる中で過去の日本人の生き様に感動し姉弟は変わっていくのですが、描写が元軍人たちの語りに比して付け足しの感は否めません。極めつけはこの姉に言い寄っている新聞記者の男性で、がちがちの平和主義者で特攻隊をテロリストと呼び、自ら志願して軍隊に入り、特攻隊になったのだから彼らは狂信的な愛国主義者だと決めつけているという男です。こんな記者はいくらなんでもいないだろうと思いました。貧しくて軍隊に行かざるを得なかった人たち、検閲があって特攻隊の遺書には本心が書けなかったことなど少し調べれば誰でも知っているようなことを知らずに、元特攻隊員に「特攻隊はテロリストだ」と言うような記者がいるでしょうか。彼はあとの説明のためにあえて反対者として造形された人物だと思いますがちょっとひどすぎると思いました。
 最後の結末はとても美しいのですが、あまりにもご都合主義すぎるような気もしました。全体がつながってくるという点では謎解きとしては面白いです。
 戦争に行った人たちが国のために戦い亡くなっていった、だから今の平和な日本がある、そのことに特に反対はしませんが、極限状態で生きた人たちを美しく描き、平和な日本が日本人をだめにしてしまった、昔の人はこんなに偉かったのだと称揚するのもあまりにそういう言説が多すぎる昨今、それはそれで危惧を抱いてしまいます。