教師が育つ条件

教師が育つ条件 (岩波新書)

教師が育つ条件 (岩波新書)

 本書は教育学の専門家が書いたものですが、著者自身が断っているとおり、現場の教師の声を取り上げたいという意図で書かれています。メディアに取り上げられる教師や学校に関わる言説があまりにも実態からかけ離れたものであることを感じた著者が、冷静に現代の日本の教育・教師育成の現実と方法を考えています。
 私は現職の教師として、本書に書かれていることの多くが的を射ていることを証言したいと思います。また、公立の教師ではない私としては、いわゆる「指導力不足教員」が送られる教育センターでどういうことをしているのか知らなかったので、大いに勉強になりました。これを読むまでは現場にいてもらっては困る教師を首にするわけにもいかないから雇っておくための居場所くらいに考えていました。大いに反省します。かなり頑張ってセンターの職員は指導力不足教員を指導して現場に復帰してもらおうとしています。ただやはり資質面で無理な人もいるようです。
 本書では指導力不足教員の特徴をセンターの訪問調査で明らかにしています。1)どの認定教員もなぜセンターで指導改善研修を受けるのかの自覚が乏しく、教職者として抱えている自分の課題を明確に捉えていない……課題が分かるまでに二から三か月もかかることがある。2)次に、自己評価がわりに高いこと。常識的には指導力不足教員は自己評価が低く、自信がないから授業ができないのではと想像しがちだが、現実はその逆である……自分を客観的に眺めることのできる多様な視点が身についていないことを物語っている……自分とは異なる見方や価値観、評価を知って、多様な基準を取り入れる経験が乏しく、社会的自我が未熟であるのだろう。その未熟性は生育史に潜んでいることも考えられる。3)そして、授業力の無さ以前の根本的な問題は、対人関係能力の欠如が潜んでいることである…授業に関する知識・技術ならば、研修によってそれなりに向上させることができます。しかし、問題はもっと深いところにあるようで、それは対人関係が円滑に運ばないことです。
 筆者はこれらの現実の問題に対して、次のようにコメントしている。「表面に現れる個々の問題行動ではなくて、この根本的な特徴に着目しないと指導力不足の問題は解明できないだろう。教員の『負』の側面であるだけに、センターの研修担当者以外の学校教育関係者の多くが目を向けようとせず、検討をないがしろにしてきた結果、教師バッシングの格好の材料にされてきたのではないか。」
 筆者は教師を「対人関係専門職」として、医師・看護師・カウンセラー・介護士ソーシャルワーカー・弁護士に共通に見られる「対人関係」を核とする職業と位置づけています。しかし、国の教育政策として打ち出されている教員養成の考え方は、教員免許更新制や、教育養成教育の長期化(修士号を持つこと)などに現れるように、資格要件のハードルを上げて、授業を中心に限定的にとらえられた能力を確保することを目指している。しかし実際には保護者対応や生徒対応に必要な能力は対人関係スキルであり、それは現場でしか学べないものです。
 筆者は現職研修の重要性を強調しています。いくらセンターで研修を積んでも、大学で学んでも、生徒の前に立って授業をするスキルは現場でしか身につけられません。授業者には苦しいことだがと前置きをした上で、研究授業の効果について、詳説しています。客観的に自分の授業を振り返り、授業力を向上させることができる研究授業のスタイルは、古くより日本の教育現場では行われてきましたが、現職研修として大変優れていて、海外の研究者からも高い評価を得ているそうです。また、このスタイルは真の意味での「評価」であり、今日本で行われているような競争主義・市場主義に基づく評価はむしろ「査定」であり、人を育てるシステムではないと批判しています。
 筆者は教育の「資質・能力」を6層に分類しています。A勤務校での問題解決と、課題達成の技能B教科指導・生徒指導の知識・技術C学級・学校マネジメントの知識・技術D子ども・保護者・同僚との対人関係力E授業観・子ども観・教育観の錬磨F教職自己成長に向けた探求心。このうちでFがすべての土台となって、AからEの能力の源泉として、教師の成長の原動力となると言います。大いに納得です。