それからの後

門 (新潮文庫)

門 (新潮文庫)

 「それから」の代助と三千代のその後のようでもあります。過去に犯した罪のために世間に捨てられた夫婦の静かで淋しい日常が描かれます。かなり読んでもどうしてこの夫婦がこんな淋しい生活を続けているのか明らかにされません。過去の回想に入っても、実際の所何があったのかは明らかにされないので、想像するしかありませんが、妹と紹介されたお米が、実は妻で、宗助と駆け落ちしてしまったということなら分からないでもありません。でもどうして双方が大学まで辞めなければならないのか、ちょっとわかりかねます。
 題名にもある「門」は物語の終盤に鎌倉のお寺に籠もるところで出てきます。「彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないですむ人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ちすくんで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。」この箇所はよく引用されるので、有名な箇所です。そういえば、「それから」の終盤にも「門」が出てくる。あの黒い閉ざされた門は、代助の未来を暗示する役割を持っていると思われる。この「門」の方では、門はいつでも開いているが、ついに入ることのできない人として宗助が出てくる。ただそうなってしまったのが、宗助自身の性質にだけよるとは書かず、「天」という言葉で運命論が持ち出されているところが特徴だろう。お米が占い師のところへ行き、「子どもはできない」と予言されるところも不気味です。
 書き終わりの夫婦のやりとりが印象的。鶯が鳴いたという話を銭湯で聞いた宗助がお米と交わす会話です。
「ほんとうにありがたいわね。ようやくのこと春になって」と言って、はればれしい眉を張った。宗助は縁に出て長く延びた爪を切りながら、
「うん、しかしまたじき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。
 目を上げて春を喜ぶお米と、まだ来ていない不幸を予感するようにまた冬が来るよとうつむいている宗助。女性が決然として明るく前向きなのは「それから」の三千代と同じです。