孔明は天才に非ず。

三国志〈第9巻〉

三国志〈第9巻〉

 三国志の新刊です。劉備亡き後の諸葛亮の出師などが書かれています。吉川英治横山光輝の影響か、孔明というと天才軍師のイメージが強いのですが、筆者はさまざまな史料を用いて、諸葛亮の実力を推測していきます。また、ライバルの司馬懿についても冷静に分析していきます。春秋戦国時代の作品もたくさん書いている筆者の目は、戦術、戦略、地理の把握において、すでに名将の域に達しているでしょう。その目から見た孔明は決して天才でもないし、軍事に関しては凡庸で、内政に長けた人物として描かれています。蜀に魏延あり、魏に張郃あるも、それぞれ現場の武人をうまく使えず、机上の戦略に固執して失敗してしまいます。その辺の機微を実に上手に描いています。馬謖を斬る話も、「泣いて馬謖を斬る」という言葉に残っているように、諸葛亮の美談として語られていますが、筆者は、すべての失敗を馬謖になすりつけて処断したと手厳しいです。
 魏・呉・蜀の三国時代と言われますが、ほとんど独立国として扱われている公孫淵の遼東も入れて、四国時代と言うべきではないかと筆者は提案しています。それぞれの国の様々な事件を扱う、視野の幅広さにはいつもながら驚きます。しかも無味乾燥な内容にならないのは、常に人が中心に描かれているからでしょう。どんな大事業もどんな大失敗も、一人か二人の人間の性格や信念などから発しているというのを感じさせます。