神話と意味 (みすずライブラリー)

神話と意味 (みすずライブラリー)

 レヴィ=ストロースも名前だけは大学時代によく聞きましたが、ついにちゃんと一冊の本も読まずにいました。何という怠惰!しかしこれまた悔やんでいても仕方ないので、またまた入門書を。
 レヴィ=ストロースはフランス人ですが、この本はイギリスのラジオ番組で英語を使って連続講座で話された内容を編集したものです。レヴィ=ストロースが英語という外国語を使って解説しているため、とても分かりやすく平易になっていると解説にあります。ありがたいことです。
 内容は神話学に関する人々の誤解を一つ一つ丁寧に解きほぐしていくという感じです。神話と科学、神話と歴史、未開と文明などです。しかしこれは21世紀の私たちにとってはレヴィ=ストロースの考え方の方が主流になっていると思われるので、むしろ疑問を呈している人々の意見の方に違和感を感じます。また、これは他の著書を全然読んでいないので分かりませんが、ヨーロッパとインディアン(ネイティブアメリカン)が中心になっていますが、アジア方面は扱われているのかどうか。
 最終章の「神話と音楽」はとても面白かったです。神話とは交響曲の総譜のようなものだ、とは感動的な比喩です。ある一段だけを見ていっても全体像は分からず、縦の線も意識しながら全体を見て初めて意味が分かる。神話も一つ一つの物語の断片を断片として理解するのではなく、「できごとの束」として全体像を見ないといけない。
 私は大学で『日本書紀』『古事記』を研究しました。『記紀』はもちろん、素材としての神話にかなり手を加えて王権の正当性を主張するために書き換えられた歴史書(ちなみに「神話と歴史」のところで、レヴィ=ストロースは神話と歴史の役割の共通性についてこの点に触れています)ですが、特に『紀』の「一書」には同じ話の様々なヴァリエーションが書かれています。どうして整理して一本化しなかったのかについては諸説ありますが、『記紀』の共通資料となったものがあって(それが「帝紀」や「旧事」なのかは不明です)、それらのうちの一部であることは間違いなさそうです。それらは互いに並行資料なのですが、微妙に神名や筋が違っていて興味深いです。『紀』の編集時に力のあった氏族がそれぞれ持っていた神話なのかもしれません。これらの一書と『記』や『風土記』などを互いに全体として見たときに、新たに見えてくるものがありそうです。そういう研究はもうされていることでしょう。
 「神話と音楽」に戻ると、ワーグナーの『ニーベルングの指輪』で、「愛の断念のテーマ」が演奏される三つの場面から、ラインの黄金と剣とブリュンヒルデが同一のものであることを暗示しているというのは非常に面白いです。交響曲でテーマが変奏されていくのを追っていく作業と、神話を読み解く作業が同じだというのは大変説得力があります。
 また、神話の思考法が隠れた17世紀(小説の誕生がそれに充てられています)あたりから、知的であると同時に情的でもある機能を音楽(西洋音楽)が引き継いだというレヴィ=ストロースの主張はとても興味深いものです。