はなとゆめ

はなとゆめ (単行本)

はなとゆめ (単行本)

 少女マンガ雑誌のような題名ですが、『枕草子』の作者清少納言の一代記です。なかなか『枕』に忠実に書かれていて、『枕』の入門書としてもいいかもしれません。『枕』を読んでいる方がより楽しめるのは言うまでもありませんが。
 『枕草子』はよく知られているように、清少納言中宮定子に仕えていた、中関白家全盛時代を中心に宮廷生活の優雅で知的な世界を描いた作品です。中宮が亡くなったあとの世界は書かれず、ひたすら美しかった過去を明るく描いています。『はなのゆめ』ではそうした清少納言の政治的には不遇な中宮を何とか守り、もり立てていこうとする姿が描かれています。政敵藤原道長の圧迫にも明るく毅然とした態度を失わなかった中宮を、まっすぐに愛する清少納言の切々とした思いが伝わってきます。
 もちろん、『はなとゆめ』は小説ですから、古典文学の研究を参考にしながらも自由な筆で清少納言の気持ちを書いています。もっとも研究者と異なると思われるのは、清少納言道長方に通じているのではないかと疑いをかけられ、里居をせざるを得なくなる場面です。清少納言中宮定子への気持ちは純粋であったとしても、古典研究の世界では、清少納言は当時の下中流階級の貴族の娘として、次の政権担当者である藤原道長に接近しなかったはずはないとされています。「枕草子」でさえ、道長方への就職活動の一環だったという見方もあるほどです。才能があることを宮中で宣伝し、権力者の姫君の女房になるというのは当時の常套手段だったようです。『源氏物語』を書いて彰子の女房に収まった紫式部などはその典型のようです。これは史実ですが、清少納言の娘、小馬命婦は彰子に出仕しています。ここから考えても、清少納言が定子に心酔していたのは事実としても、政治的な目配りは怠らず、したたかに宮廷を立ち回ったというのが本当のようです。まあ、そこまで書いてしまうと『はなとゆめ』の世界観がゆらいでしまうので、小馬命婦のことは書かれていません。