明快です。

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

 鷲田清一の持論である、関係性の中で初めて自己を規定できる、したがって不変の自己など存在しないということを様々な具体例を引きながら明快に説明しています。鷲田氏の著書は具体例が身近で。哲学を親しいものにしてくれるし、哲学を学ぶことでよりよい生を手に入れられるのではないかと思わせてくれます。
 アイデンティティとは、じぶんでじぶんに語りかける物語であるという説明は面白いし、しなやかな生を生きるためには必要な心構えなのかもしれません。硬直した一つだけのアイデンティティなんてない、むしろ関係性の中でどうにでもなれる、可塑性の高いじぶんであることが現代ではとくに大切なのではないかという問いかけだと思います。鷲田氏はアイデンティティの衣替えと表現しています。本文中でも触れているように、名前を変えたりする行為の中にはそうした衣替えの要素があるのだと思います。幼名から元服時の名、出世したら名前を変えて、隠居すると「○○斎」とか名乗ったりする、そういう習慣は日本でも長くありました。名前が変わらないことが、じぶんは生まれてから死ぬまで一貫性のある人格なのだという虚構を信じやすくしているのでしょう。そういえば、養老孟司もそんなことを言っていました。昨日のじぶんも今日のじぶんも同じじぶんだと感じるのは、脳がそのように錯覚しているだけなのだと。
 硬直した自己にしがみつくとき、人はもろく壊れやすくなってしまう。じぶんを変えることを恐れず、というよりもじぶんなどという固まった何かは存在しないと思い切り、しなやかな感性でしたたかに生き抜いていかねばならない。