19世紀も21世紀も変わらないな。

森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)

 この本は著者H.D.ソロー(1817〜1862)が、マサチューセッツ州コンコードにあるウォールデン湖のほとりに二年二ヶ月の間暮らした記録を綴ったエッセイです。と言っても、日記のように事実が時系列に沿って語られるのではなく(日記は日記で存在するということです)、ソローがその場所で過ごした時に考えたことが中心に綴られている思想書です。家を自力で建て、水道も電気も何にもない生活を楽しんでいるという内容です。
 この本を読んでいると、とても19世紀に書かれたとは思えない(1845年7月4日アメリカ独立記念日にソローは森に入っている)新しさがあることです。シンプルな森の生活から、文明の病を鋭く批判する内容は現代にでも通用するものがたくさんあります。むしろ、現代になってより痛切に感じられてくると言ってもいいでしょう。ソローは現実に目を背けた引きこもりではなく、むしろ中国の隠者のように、現実へのシニカルな批判者です。それは本文中にしばしば中国の古典(『論語』が特によく引かれている)が引用されていることからも分かります。南北戦争に反対して租税を納めずに投獄されたり、法を犯して南部からの逃亡奴隷をカナダへ亡命させる手助けをしたり、自分の信念に従って行動も起こしています。そういう背景はすべて「解説」に書かれていることで、『森の生活』そのものには、自然賛美が美しい詩的な文章で綴られています。自然の中に生まれた人間の真の姿とはこういうもので、文明に毒されている自分はどれだけ人間の本性から離れているのだろうと恥じ入ります。