よい小説とは

青べか物語 (新潮文庫)

青べか物語 (新潮文庫)

 山本周五郎が実際に住んでいた土地、千葉浦安の漁村をスケッチしたような作品です。ひとつひとつのお話は独立していて連作形式になっています。そこに出てくる人物の「なま」な感じがたまらない魅力です。これは今の日本には見出しがたい気がします。しかし今も昔も変わらない「人」が描かれています。
樅ノ木は残った(上) (新潮文庫)

樅ノ木は残った(上) (新潮文庫)

 仙台伊達藩の家老職に就ける「筋目」の家柄の館主原田甲斐を主人公としたお話です。伊達騒動を背景にした原田の生涯を描いています。老中酒井と伊達政宗の10子伊達兵部の間で取り交わされた伊達藩分割の密約を巡って、原田甲斐他三名の忠臣が伊達家安泰のために一命を捧げます。原田は伊達兵部に取り入って内部から密約を破壊する役目でしたが、それがあまりにも徹底しているため、他の二人からも周囲の友人からも見限られ、原田は孤立します。しかし最後まで自分の信念を貫き通して伊達家を守り抜くのでした。
 原田は、本当の強さとはこれだなと思わせる人物です。伊達兵部に対して真っ向から批判をしたり、刀を抜いて立ち回ったりする人物も出てきますが、ことごとく敗れてしまいます。原田は一見卑怯者のようにさえ見えます。権力に対峙しようとするとき、本当に力を発揮できるのは原田のようでなければならないのでしょう。刀を振り回したり、正論を真っ向から吐くことは自分の心には心地よいでしょうけれど、実際の力にはなり得ないのです。自分の心を汚しても、守りたいものを守った原田の悲しみ、苦しみは計り知れないものがあります。