どくろ杯 (中公文庫)

どくろ杯 (中公文庫)

 金子光晴は詩人です。1928年暮れに妻の三千代ともに上海に渡り、アジアからヨーロッパまで巡り、1932年に帰国します。こう書くと何だか一流の知識人が見聞を広めるために知的で優雅な旅行をしたかのようですが、実際は日本で貧窮や借金や人間関係や様々なしがらみに耐えきれなくなって逃亡し、流浪し、一所で落ち着けず、金を稼いでもすぐに使ってしまい、借金を抱え込み、再び流浪することを繰り返して地の底を這いずり回るようにして生活していった記録の第一部です。この本では、シンガポールで貧窮のあまりに妻の三千代だけを何とか貯めたお金を使ってヨーロッパへ送り出すシーンで終わります。『ねむれ巴里』『西ひがし』の三部作です。『どくろ杯』は関東大震災で焼け出されるところから始まります。たくさんの当時の文士や文士崩れの日常が描かれていて、どんな文学書や解説本よりも面白く、現代の私たちが勝手に当時の小説家や詩人というものに感じているイメージを壊していってくれます。また、文学というものが薄っぺらい文芸であること以上の底を描き出してくれています。