そのときにはわからない。

「国民歌」を唱和した時代―昭和の大衆歌謡 (歴史文化ライブラリー)

「国民歌」を唱和した時代―昭和の大衆歌謡 (歴史文化ライブラリー)

 政治も文化もすべて戦争の方向に向いていた時代、「うた」はどのような戦争色に染まったのかを丁寧に描いた本です。はじめから戦時体制なのではなく、徐々にそういう方向に傾いていったことがよくわかります。時局に「ふさわしくない」軟弱なうたが廃され、質実剛健な風が尊ばれるようになります。一度そういう流れになったら、自主的に規制して、自ら枠にはまっていくようになるのが人間というものなのでしょうか。国民の思想・文化統制を進める力の源泉となるのが、法律と戦争です。後世から見てどんなに常識はずれに見えても、国家の行為は議会で承認された法律に基づいて行われているという点は注意する必要があります。出版界を取り締まり、レコード検閲などを強化する背景となるのは、治安警察法です。出版法が改正され、個人の思想・文化鑑賞も取り締まることができるようになります。これらはすべて議会を通して成立しているのです。そこに戦争の高揚感が追い打ちをかけ、誰も意義を唱えられないような時代の雰囲気が作られていくのでしょう。
 法律を制定するのは議会ですが、その議会は国民の代表であるということは、いろいろと問題はあるにせよ、動かせない事実です。そのシステムに乗って自由な方向へ法律を制定していく必要があるでしょう。法とは、本来国民を統制するためにあるのではなく、国家権力を縛るためにあるのですから。