ル・グィン

ラウィーニア

ラウィーニア

 ヴェルギリウスの詩『アエネーイス』を小説に「翻訳」したと著者自身が語っている作品です。語り手は題名にもなっているラウィーニアという女性ですが、『アエネーイス』ではセリフがひと言も与えられていないそうです。ル・グィンは彼女に大いに語らせています。舞台は後にローマが建国されることになる辺りの地域で、時代はトロイヤとギリシアが戦った戦争が終結したあたり。はるか昔に世界史で習ったなあとおぼろげに思い出しながら読み進めました。『アエネーイス』はかつて教養人必読の書だったようですが、現代の私たち、ことに日本人にはあまりなじみがありません。ル・グィンは70歳になってラテン語を学びなおし、『アエネーイス』を自家薬籠中のものとして小説に「翻訳」したそうです。驚くべき力です。
 前三部作『西の果ての年代記』にあった貧しいながらも敬虔に生きる人々、神々とともに生きる人々、地に足の付いた生活感が全編にあふれています。そういう記述を読む度に、この都市生活から逃げ出したくなります。印象としては、ル・グィンの主張がかなりはっきりとラウィーニアを通して語られていると思います。つまり、女性としての強さや女性蔑視への反感や、暴力(戦争)への嫌悪とか。フェミニズムの旗手と呼ばれるゆえんでしょう。しかし、と逆接で続けてよい微妙な部分ですが、子を持つ母としての喜び、子を育てる幸福を描くのにかなりの紙幅を割いています。こう思うのは、ル・グィン自身が何かの講演かインタビューで、フェミニズムの集会に招かれて出席したりすると、まるで子どもを持っていることが罪であるかのように感じられることがあると言っていて、しかし自分は子どもを持ち、育てたことを誇りに思うとも書かれていたので、そのル・グィンの気持ちはよく作品に反映されているなと思いました。
 印象に残ったのは、「敬虔」とは何かということをアエネーアスが周囲の人たちに問いかけ、様々な答えを人々がするところです。この作品には他にもしばしば「敬虔」という言葉が出て来て、人の評価の基準になっています。敬虔は最も今の自分には足りないなあと思わされました。