予言の書

恍惚の人 (新潮文庫)

恍惚の人 (新潮文庫)

 この本は1972年に本になったものですが、その内容は現代の高齢化社会を予言し、そこに直面する人たちすべてに共通する心情を描いている作品です。
 内容は老人性痴呆症になった一人の男性を中心に描かれます。主人公はその家の嫁であり、義父が生きている間はさんざんいじめられたにも関わらず、その老人を介護するはめになった人です。彼女は仕事を持って、社会で男性と女性がほぼ同等であろうとする、いわゆる目覚めた女性です。しかし夫は妻に一定の理解をしつつも、義父が痴呆になってからは、すべてを妻に押しつけ、暗に家庭に入って老人の世話をすべてしろと言っています。夫婦の間にも危機が訪れます。徘徊、排尿・排便の世話、徐々に悪化していく義父、いっそ死んでくれればという思いと、何とか世話をしなければという思いの中で、彼女自身が疲労と寝不足で疲弊していきます。老人ホームの入居待ちが多いこと、家庭での介護を放棄して捨てるように老人を施設送りにしようとする人が増えていること、老人が体の動く内に自殺を図ろうとすることなど、ここに描かれていることは現在進行形の話であり、減少しているとは思えない話です。彼女やその夫が何度も述懐する、「人生の果てにこのような状態が待っているのなら、人間はいったい何のために生まれてきたのか」という言葉は現代人にも突きささる言葉なのではないかと思います。
 このように書くと暗くておよそ読む気にならない書物のようですが、実際は筆致は軽く美しく、すいすい読めます。最後には感動的な救いも描かれています。