働きざかりの心理学

働きざかりの心理学 (新潮文庫)

働きざかりの心理学 (新潮文庫)

 本書の初出は昭和56年ということだから、1981年。私は7歳。高度経済成長で豊かになった日本人のあり方が、かつてのあり方から変更を迫られているという時代を背景としている。親の世代はたくさんの兄弟に囲まれ、親は仕事や家事に忙しく、一人一人のこどもに構う時間がなかった。貧しく苦労して育った親世代は、自分の子どもには苦労はさせまいと多くのモノを与え、要求を満たし、快適な生活を提供してきた。それなのに子どもが不登校になったり非行に走ったり、理解できないことが頻発しているという現象が起こり始めた時代である。著者はこのような時代には、「出来ることをしない愛」が必要だと説く。そしてそれは出来ることをするよりも多くの心のエネルギーを使うのだと。このようなことは長谷川博一氏も指摘している。しつけはしないと思って今の時代はちょうどよいと。
 本書は「働きざかりの心理学」「働きざかりの親子学」「働きざかりの夫婦学」「働きざかりの若者学」「働きざかりの社会学」の5章に渡っている。「働きざかりの」とあるとおり、話題の中心は中年世代である。子どもの問題、高齢化の問題、思春期の問題は語られるようになってきたが、社会の中核を担う中年に関する研究は極めて少ないと筆者は指摘する。
 会社での人間関係、昇進、評価、劣等感、夫婦の関係、子どもとの関係、中年が背負う課題は多い。しかもそれが前時代を参考にできないというのが苦しいところだ。それぞれのテーマに関して、筆者のカウンセラーとして経験した豊富な事例を引用しながら、具体的に解き明かしていく。自分のことに当てはめて指針とするべき金言があちこちに転がっている。生身の人間に接し続けた人の言葉は重い。「こう生きるべきだ」というような啓発本は数多くあるが、本書はいわゆる「答え」を呈示しない。生きるということはどういうことかを考える上での、ちょっと違った視点を与えてくれる本である。
 3・11を経験して、いよいよ西欧的な文明の行き詰まりを感じている現在、ふり返りにはちょうど良い時期なのかもしれない。