ルポ 難民追跡

 本書は新聞記者である筆者がある難民の一家を追跡取材した報告である。バルカンルートと呼ばれる、ギリシャからドイツまでの移動ルートを追っていく。はじめは密着取材のような形で追う形式なのかと思っていたが、筆者自身は近くのホテルに宿泊したりしながら、アフガン出身、シリア在住のアリ・バグリさん一家(妻と4歳の娘)と何度も接触をする形だ。難民と一般の人では国境を越えるルートや難民キャンプへのアクセスも異なるからである。そういうわけで何度も行方を見失い、もう再会できないのでは?と読者もハラハラしながらページをめくることになる。またあとがきで筆者も書いている通り、分からないことだらけ、ハプニングだらけで取材をしている筆者が予想もしない展開になってしまう。結果的にこの本はサスペンスドラマのような面白さがあり、はやく次のページをめくりたくなる。途中に書かれている難民をめぐる政治的な事情や歴史的な経緯が、具体的なアリさんの置かれている立場と重なって、理解が進む。ニュースなどで難民が何万人などと言われてもピンと来ないが、アリさんという具体的な人が置かれている状況を見ると、難民として生きていくとはどういうことかが見えてくる。
 本書の優れているところは、難民はこんなに悲惨なのだ、だから人道的な立場から助けなければというような単純なきれい事を語っているわけではないところだ。受け入れ国の歴史的・政治的なさまざまな事情を取材によって明らかにしている。自分の国で仕事がなくて困っていたり、怒っている若者を取材し、そこへ町の人口をはるかに上回る難民が押し寄せる現実を浮き彫りにしている。問題はそう単純ではない。
 筆者はあからさまに主張していないが、アメリカをはじめとする大国の自国の利益を優先する事情が難民を生み、問題の解決を遅らせているのは明らかだ。国連の常任理事国が武器輸出大国であるという事実の前で、戦争の終結を「国際社会」に委ねる現状には矛盾と無力感を感じる。しかし、目の前のアリさんを取材して難民の事実を訴える本書のような良書が世の中を変えていく一歩になるのもまた間違いない。